5月
27
2015
動物たちのミニマム 愛媛県立とべ動物園・その2
Author: 森由民※とべ動物園では、餌やり体験・ガイド、動物との記念撮影から紙芝居(!)まで、さまざまな催しが行なわれています。これらについての詳細は、同園サイトのイベント情報をご覧ください。
動物園には、さまざまな動物たちが飼育展示されています。その多くは「野生動物」であり、かれら本来の生活や習性を反映した飼育環境を整え、展示として来園者にも伝えようとすることは、動物園の役割の根幹とも言えるでしょう。
とべ動物園では、現在、クロサイのメスのクーが、今年で4歳になる息子のライ(2011/2/18生まれ)と一緒に展示されています。時には、母子での力比べめいた一コマも。一方でオスのストームは一頭だけでの飼育展示です。クロサイは単独性が強く、野生でもしばしば一頭だけで生活します。そこで、組み合わせとしては現状のようになっています。
ストームはクーが大のお気に入りで、寝部屋(こちらも一般公開されています)でも柵越しに干し草を示して、クーの気を惹くようにする行動が見られたりしたのですが(2009/11/17撮影)。おそらく、こうして意識しつつも、常に同居しているわけではない、という状況も、クロサイとしてのかれらには、よい刺激になっているのではないかと思われます。前回ご紹介した、当園でのアフリカ・サバンナの「通景」といったものと比べれば、一見、ごくオーソドックスな飼育展示施設ですが、ここにも動物たちの「社会性」への配慮が込められているのです。
「本拠」となるメインの展示場から、タワーのある飛び地へと空中散歩を見せてくれるのは、今年19歳になるスマトラオランウータンのオス・ディディ。オランウータンはスマトラ島・ボルネオ島の熱帯林で単独で生活しますが、「最大の樹上生動物」としても知られています。この空中散歩の設備は、そんな出自のディディの飼育下生活に、高木の森の樹冠の構造と機能を付加しようというものです。ロープの高さは地上11m、移動距離は20m、タワー本体の天辺は15mに及びます。東南アジアの熱帯林は、日本の気候風土とは異質で、植栽等での再現は困難です。そこで、人工物による施設で、そんな熱帯林の構造の抽出が目指されています。ここには「オランウータンにとって必要な環境要素(ミニマムな生息環境)とは何か」という問いがあります。空中散歩は、2008年のタワー建設からの継続の中で、ディディにとっても、かなり習慣化した行動となっています。あくまでもディディの自由に任されているため、時にはどうしても渡らないこともありますが。
なお、以前には、空中散歩の誘因として高カロリーで嗜好性の高い餌をタワー側に着けるといったことも行なわれましたが、オランウータンは1日にわずかリンゴ2個程度の過剰給餌でも肥満してしまうような生理を持つため、現在は食事コントロールが行なわれています。たとえば、肥満につながりやすい炭水化物を控え、蛋白質等は高野豆腐(乾物のままで食べます)で補うといった、現場的な工夫も積み重ねられています(※)。動物園での食事は、野生そのままというわけにはいきませんが、代替品目の選定には、動物たちの本性への配慮が欠かせないのです。
※詳しくは、オランウータンの屋内展示場の壁面に研究成果をまとめたポスターが貼られています。
お帰りは、こちら。
ケージ状の空中通路から来園者を観察する様子なのは、オスのチンパンジーのロイ。この通路は本来、写真左手に写る「チンパンジーの森」(2014/10/26新設)への移動のためのものです。
このチンパンジーの森も、人工物を活用しつつ、床面積200㎡(20×10m)・高さは手前9m・奥13mの広がりの中に、さまざまな遊具や、石器を使ってナッツを割れる装置など、チンパンジーの生活を豊かにし、その知能や運動能力を引き出して展示効果につなげる設備が満ちています。チンパンジーたちが新施設に馴染み、来園者にさらなる魅力を披露してくれるまでには、もうしばらくの馴化期間が必要なようですが。
とべ動物園のチンパンジーは、オス1・メス3で構成されています。新施設に馴れることと並行して、かれら自身による社会関係の調整も進んでいます。時には小競り合いが見られたりもしますが、飼育員はそんなかれらの「手のかかる」ところをも飼育の張り合いとして包み込みつつ、個体ごとの性格や互いの関係を見極め、新しい「チンパンジー一族の森」の実現に向けて、かれらの日々を見守っているところです。単独生活者のオランウータンにはオランウータンの、社会性の豊かなチンパンジーにはチンパンジーなりの環境がつくられていくのです。
マントヒヒの群れ。かれらの社会では、おとなオスそれぞれが、お気に入りのメスたちを周囲に集めることが知られています。担当飼育員お手製の「相関図」を見ながら、個体の識別や互いの関係性の観察を試してみるのもよいでしょう。
6歳のメス・イブナは、先天性の脳の障害で目が見えません。しかし、群れには受け入れられており、現在はオスのボンズと「頼り頼られ」の関係です。
コンクリートの施設の中にも、かじり木など、かれらの欲求を満たす工夫がなされています。
動物たちの日々や種としての特性などをわかりやすく伝え、来園者の観察や理解のきっかけをつくるのも、飼育担当者の大切な役割です。わたしたちの側からも問いかけていくなら、コミュニケーションは益々深まっていくことでしょう。
今年(2015年)の元旦、飼育担当者(Tさん)は「今日1/1は11(ヒヒ)の日」と思い定め、この一年間、さまざまなかたちで、とべ動物園のマントヒヒの魅力を伝える「ヒヒ祭り」を推進することを表明しています。
Tさんは、独特の達者な描画の才にも恵まれています。彼は第5日曜日を定例として(※)、通算43回、園内各所に現われる「自転車紙芝居屋さん」も行なっています。その際も、紙芝居の後に、彼の特製のイラストなども活かしたZOOトークが聞けます。
※次回は、5/28・13:30~を予定しています。詳しくは園内に告知が出ます。
睦み合う三頭のアフリカゾウ。一番の子ゾウは、鼻を使って水を呑む練習中のようです。そして、よく見れば、隣の運動場にも、ひときわ大きな、もう一頭。
とべ動物園は現在、国内で唯一、アフリカゾウの「家族」に逢える動物園として知られています。
この写真の、おとなメスはリカ。彼女が当園開園の年(1988年)に、オスのアフとともに来園したのが、とべ動物園のアフリカゾウの歴史の始まりでした。現在、リカと一緒にいるのは、リカの最初の子どもの媛(ひめ、メス・2006/11/9生まれ)と、媛の妹・砥愛(とあ、2013/6/1生まれ)です。
ゾウの社会では、年かさのメスがリーダーとなって、複数のメスが群れを成しています。多くの場合、群れのメンバーのメスは、リーダーのメスの血縁です。群れのメスたちは、メンバーの出産には励ますように寄り添い、生まれてきた子どもたちは、母親のみならず「おばさん」・「お姉さん」といった存在にも育まれることになります。
砥愛は、リカそして媛の様々な行動に倣いながら、ゾウとしての体の使い方や、ゾウ同士の付き合い方などを体得している最中です。媛もまた、砥愛に対して鼻で引き寄せるといった世話めいた行動をしたり、手加減しながら妹と遊んだりといった経験の積み重ねの中で、そしてまた、リカの実際の子育てを見知りながら、将来、母親として子育てに臨む際のシミュレーションをしているのだと言ってよいでしょう。
まさに親しく絡む、リカと媛。しかし、このありさまは、ただ自然に生じてきたものではありません。過去2回の流産を経て、ようやく媛を出産したリカでしたが、はじめて接する赤ちゃんということもあってか、授乳もままならず、媛への攻撃的行動も見られたために、一時はリカと分離して飼育員による人工哺育が行なわれました(国内初の成功例となります)。そこから柵越しでの関係づくり等を経て、リカと媛が再度の同居の実現に漕ぎ着けたことが、当園でのその後の「家族づくり」と、その維持・発展の基盤となりました。
さきほども写真に写っており、リカとの来園の経緯もご紹介した、オスのアフです。媛は、隣の運動場にいるアフとも、かなり頻繁に交わっている様子です。
リカにはリカの、母親として、あるいは群れのリーダーとしての判断があるようで、時には媛とアフを引き離すこともあります。
実際、こんな場面も見られたりはするのですが。
既に記したように、ゾウの群れのおとな個体はメスのみです。オスもまた、生まれ落ちた群れで育ちますが、やがて、母親のいる群れを離れ、一人前のオスとして成熟を迎えるとともに、別の然るべきメスの群れを見つけます。しかし、その群れに入ってしまうのではなく、群れの周囲で行動しながら、群れの中のメスに発情が見られると、ぐっと接近して交尾を試みる、という生き方を続けていきます(※)。それがゾウたちなりの、持って生まれた距離感ということになります。ひとまとまりの母子3頭と、お互いに存在を意識し、時には交わりつつも独立して生きるオスゾウ。とべ動物園は、まさに「ミニマムなゾウ社会」の再現に成功しているのです。
※生まれた群れを離れた若者のオスゾウは、一時的に年かさのオスなどと行動をともにすることもあるのが知られています。
リカ・アフの来園以来の飼育担当者・Sさん。ゾウたちにとっても、ある意味では「群れの一員」として認知されているのではないかと思われます。
ゾウたちと同じ場に立つ「直接飼育」の形態を採っていますが、まもなく2歳の砥愛でもこれだけの体格です。Sさんの長年の経験や細心の注意に基づいた所作・間の取り方の精彩を感じます。
同じ場に立てることで、さまざまなトレーニング(健康チェックや治療措置等の基盤になります)の可能性も広がります。砥愛がトレーニングを受けていると媛も参加してきます。彼女たちにとっては「遊び」の楽しさもあるのでしょう。
これもまた、媛へのトレーニングのひとつです(2011/2/19撮影)。ゾウならぬ人であり飼育員である以上、すべての場面において、ゾウたちが気を許せる相手であるとともに、そのゾウたちの健やかさを守るという意味での「管理者」でなければなりません。そんな営みが、日々、わたしたちの目の前にあります。
アフへのおやつ。時には、来園者と動物たちの間での、こんなやりとりも演出されます。
アフの寝室だけは収容後~閉園までのひとときに公開されているので、わたしたちは、おとなオスの迫力をさらに実感することができます。
以前には、こんな光景も(2011/2/19撮影)。アフが子どもたちに鼻を差し伸べています。左は当時の媛、中央が、媛の弟で砥愛の兄にあたる砥夢(とむ、2009/3/17生まれ)です。
媛と砥夢の誕生が比較的近接しているのは(ゾウの妊娠期間は約22ヶ月です)、リカに自分自身による育児(自然哺育)の機会を設けるとともに、その傍らに媛を立ち会わせることで、彼女にもゾウの出産や育児を学ばせる企図があってのことでした。結果としては、砥夢の誕生も、媛を含めての「ゾウの群れ」の創建の推進力になったと言えるでしょう。
砥夢は2012/11/26に東京の多摩動物公園に向けて搬出され、現在は同園で暮らしています(※)。既に述べてきたように、オスゾウの独立はゾウの社会の常です。いまはまだ成長途上ながら、いずれは彼も成熟したオスとして繁殖に関わることが祈念されています。
※詳しくは、こちらをご覧ください。
こちらは、リカ・砥夢・アフでの場面です(2010/12/17撮影)。群れのメンバーとしての子どもたちを一番大切にしている様子のリカですが、こんな姿からは、アフを含めてのすべてがあっての「とべ動物園ゾウ・ファミリー」なのだということが納得されます。
こうして積み重ねられてきた飼育の営みに対して、このたび、とべ動物園は、日本動物園水族館協会(JAZA)が、希少動物の繁殖に特に功績のあった動物園や水族館に贈る「古賀賞」を初めて受賞することが決まりました。とべ動物園自体が、この達成をひとつの「新たな出発」として、アフリカゾウの飼育へのさらなる貢献を期待されています。見極められたミニマムから、さまざまな可能性がふくらみます。そして、当園の功績は他園の発展をも促すことでしょう。専門性の高い賞ながら、わたしたち一般来園者も、「生きた野生動物を飼育展示する場」としての動物園の意義や役割について、認識を深めるきっかけにできたらと思います。
とべ動物園のアフリカゾウ・ファミリーの歩みについては、園内にも細やかな掲示があるので、目の前のゾウたちと見比べながら、ご参照いただければと思います。
※この掲示は、とべ動物園のアフリカゾウ・ファミリーを応援する有志の会「かぐや媛」の皆さんによるものです。
なお、下掲の拙著もご一読いただければ光栄です。
森由民(2011)「ひめちゃんとふたりのおかあさん」フレーベル館。
アフリカゾウの運動場に隣接する展望レストラン「東雲」です。ここからもゾウたちの姿を望むことが出来ます。腹ごしらえなり、一服なりにお勧めしたいところです。
遠いアフリカからやってきて、わたしたちに生き生きとした姿を見せ、いのちのつながりをかたちにしてくれているゾウたち。一方、こちらはまさに地元というべき動物です。ノマウマ(野間馬)は、現在の今治市付近を中心に飼育されてきた、明治以降の品種改良を受けていない、数少ない「日本在来馬」のひとつです。小柄で頑健なため、山道も厭わぬ荷駄として重用されてきました。機械化の中、かれらの実用性は薄れましたが、日本人と伝統的な家畜の共同生活の歴史の証として、とべ動物園でも飼育展示されています。現在、繁殖制限のため、オスのアラシ(先の写真)だけはアジアスイギュウ横で別に飼育されていますが、メス3頭ともども、緩やかな時間を感じさせてくれます。
もう一ヶ所だけ。ヘビをはじめ、ワニ・カメ・トカゲなどを展示するスネークハウスです。大きなゾウガメになった気分も楽しめます。
※来園者のご了解を得て、掲載しています。
ぷりぷりした印象のニホントカゲ。隣には、スリムなニホンカナヘビの幼体も展示されています。
こちらが成体のニホンカナヘビ。トカゲとは一味違うクールな相貌です。
シマヘビ・アオダイショウなど、よく馴らされて、ふれあいイベントなどに登場する個体もいます。
そして、こんな掲示にも、ふと足を止めてみてはいかがでしょうか。動物園の動物たちは、わたしたちの目の前にいて、普段は得難い体験をさせてくれます。しかし、かれらから受け取るべき最大のメッセージは、かれら自身が生きていて、それぞれに大切な時間を刻んでいるということでしょう。動物たちには、いわば、それぞれの「時計」があり、本性に見合った環境の中で、健やかに暮らすことが望まれます。動物園は、限られた条件の中でも、動物たちから身体的・社会的に充実した行動を引き出し、願わくば、かれらの心をも満たしたいと工夫を積み重ねています。動物園を利用し、観覧するわたしたちにも、そんな営みを分かち合える可能性は開かれているのです。
愛媛県立とべ動物園
大人も子どもも楽しみながら学べる、自然生態を意識した動物園。
公式サイト
〒791-2191 愛媛県伊予郡砥部町上原町240
電話 089-962-6000
飼育動物 約170種823点(平成27年3月31日現在)
開園時間
9時から17時(入園は16時30分まで)
15:30分からは餌を与えるため、ご覧になれない動物がございます。
休園日
毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は開園)
年末年始:12月29日から1月1日
詳しくはこちらをご覧ください。
アクセス
伊予鉄バス・砥部線(千舟町経由・えひめこどもの城行き)
松山市駅(3番のりば)~とべ動物園前
その他、こちらをご覧ください。