11月
25
2015
野生を飼育展示する 浜松市動物園・その1
Author: 森由民※本稿は2015/11/5~6の取材を中心に、それ以前の見聞を交えて構成されています。
動物園の核心は「生きた野生動物を飼育展示する場」であることでしょう(写真は2014/9/6撮影)。しかし、「飼育展示される野生」というのは、いささか矛盾しているようにも思われます。動物園の動物たちが安定した日々を過ごすためには一定のコントロールが必要ですが、それでもなお、動物園はかれらの野生を保ち、発揮させなければなりません。そのデリケートの実践だけが、この矛盾を乗り越えられるのではないかと思います。
まずは動物園飼育の中で行なわれている、そんな細やかな実践を覗いてみましょう。
この写真は浜松市動物園で行なわれているキリンのハズバンダリー・トレーニングの様子です。合図で横向きに静止したキリンの尻尾に触れた後、飼育員は少しの餌を与えています。こうして「動物が、ある行動(静止を含む)をしたら必ず報酬を与える」という約束を、飼育員と動物の間で共有していくのです。
結果として、たとえば直腸で検温するといったことも出来るようになります。このように健康診断や治療につながる「受診動作」を動物たちが進んで行うようにしていくのがハズバンダリー・トレーニングです。
トレーニングというと、とにかく飼い慣らすというイメージが強いかと思いますが、科学的トレーニングは約束事をつくっていく客観的な手順に従っているので、それをきちんと行なうことで、たとえば飼育動物が担当者を見るたびに餌を期待して寄ってくるといった「人づけ」を抑止する効果もあります(※)。翻って、トレーニングの外側では動物たちは、より健やかに本来のペースで活動することになります。それは「野生を保ち、引き出す」ことにつながるでしょう。
※人よりもトレーニングの装備やシチュエーションに反応するようになるのです。
浜松市動物園のキリン・ペア、オスのリョウ(後ろ)とメスのシウンです(2014/9/5撮影)。シウンは2011/3/12・京都市動物園生まれ。2014/3/3にリョウの「お嫁さん」として浜松市動物園にやってきました。リョウがすぐさまシウンに御執心になったのは御覧の通りです。
そして、二頭の間に生まれたのがオスのゴロウマルです(2015/9/18生まれ)。簡単な御紹介ではありますが、ゴロウマルの誕生に至る過程がキリン本来の繁殖行動によるものだったのが、はっきりと分かるでしょう。
家畜化(domestication)という意味での「飼い馴らす」ことは(理想的には)100%のコントロールを求めているでしょう。ことには飼い主の思うままに繁殖を制御できることは重要な課題となります。
しかし、動物園が求める「野生の飼育展示」にとっては、あくまでも動物たちが自発的に繁殖行動に至ることが大切です。いろいろな配慮はしながらも、不用意に人間(飼育員)が前面に出るべきではありません。この点でゴロウマルの誕生は、シウンとリョウに対する、トレーニングを含めての浜松市動物園の向き合い方が望ましいものであることの証明となっているでしょう。
すくすくと育ち、立ち姿も凛々しくなってきたゴロウマル。
いずれは同じミニサファリで暮らすグラントシマウマのマキ(左)やエレンとも、ほどよい関係をつくっていくことでしょう。
いまだ別囲いの中で母親のシウンと過ごすゴロウマル。リョウはそんな息子が気になって仕方がないようです。
「お隣が気になる」といえば、こちらも。キイロヒヒが隣接するケージの中を盛んに窺っています。
こちらが「お隣さん」。ドグエラヒヒには今年(2015年)9/9に子どもが生まれました。母親のアカリはまだ3歳ながら子どもを大切に育んでいる様子です。
見るものすべてに興味津々?
ところ変わってニホンイノシシのノッシッシーは2002年生まれのメス。日本の里山を代表する野生動物のひとつです。
ノッシッシ―の隣にはポットベリー(ミニブタ)のリンカとカリン。ベトナム原産でアメリカで改良されたのでノッシッシ―と直接的な系統関係はありませんが、イノシシとそれが家畜化されたブタを見比べることで、外見をはじめとするさまざまな変化(人間による品種改良)を学ぶ、よいきっかけとなるでしょう。
時には、ノッシッシ―自らの御挨拶(?)も。
イノシシやブタたちのいる辺りは園内でも殊に緑色濃く、うねって行く先の見えない道が期待を高めます。
抜けていけば、こんな動物の展示も。ホッキョクグマのキロルは2008/12/9、札幌市円山動物園生まれ。おびひろ動物園を経て2011/3/ 7に来園しました(※)。まだ若いキロルは注水口からの滝を受けたりするのも好きなようです。ざざざっ、そしてゆったりと漂い……。しかし、キロルが当園にやってきたのにはわけがあります。
※いまも、おびひろ動物園で暮らすキロルの妹アイラについては、こちらを御覧ください。
キロルが来る直前まで浜松市動物園にはメスのホッキョクグマ・バフィンがいました。しかし、バフィンは大阪市の天王寺動物園に移動します。同園のオス・ゴーゴとの繁殖を期待されてのことです。このように動物園同士が契約を結んで繁殖を目的に動物を貸し出し・借り入れすることをブリーディング・ローンと言います。バフィンのブリーディング・ローンは功を奏し、2014/11/25にメスの子どものモモが生まれました(※)。
やがてはキロルも一人前のオスとなり繁殖に貢献してくれるでしょう。動物園の展示は飼育動物たちが代を重ねることなしには継続できません。そして、そんな持続のためには園館同士の連帯が不可欠なのです。
※天王寺動物園に関する拙ブログ記事も御覧ください。
しかし、いましばらくは気ままな暮らしを楽しむ様子のキロルです(2014/9/6撮影)。苦手な暑さも去り、これからは益々奔放なかれの姿を楽しめるでしょう。
こちらはエゾヒグマのゴロー(奥・オス)とピリカ(メス)。ホッキョクグマはヒグマ(北米流にはハイイログマあるいはグリズリー)がさらに北方の極地周辺に適応して進化しました。浜松市動物園でそんな進化史の対比に想いを馳せてみるのもよいでしょう。
進化が生み出す似て非なる関係。カナダヤマアラシとアフリカタテガミヤマアラシにもそんな対比が成り立つでしょう(共に当園で飼育展示されています)。両者は進化の系統上はそんなに近くはありませんが、防備として体毛を針に変えるというあり方は共通しています。
一方で、木登りを得意とするカナダヤマアラシと陸上性のアフリカタテガミヤマアラシの暮らしのちがいは明らかです。動物園という場は、こんな対比を鮮やかに体験し、それぞれのいのちの歴史への敬意を呼び起こす場となり得るでしょう。
もうひとつ、繁殖に絡んで期待のペアを御紹介。岩場の陰からまぎれもないハンターのまなざしで見据えてくるのはメスのアムールトラ・ローラです。
ローラはロシア南西部のクラスノダール動物園で2012/6/26に生まれ、今年(2015年)4月に当園へと来日しました。
そして、そんなローラを迎えたのはこちら。
オスのテンは2012/12/8に当園で生まれました。この日(11/6)はローラが屋内に帰った15時過ぎからしばし運動場を楽しみました。トラは泳ぐのが好き。テンはそんな嗜好も全開です。ペアとなることを期待されながら、なぜに代わる代わる個別の展示なのか?理由はトラが単独生活者だからです。かれらは野生でも母親と乳幼児以外は単独で暮らします。また、そのような関係の雌雄でこそタイミングが合ったときには繁殖に至るのです。飼育下でもそんなトラの本性が重んじられ、飼育スタッフはかれらのペアリングの好機を窺いつつも、かれらにふさわしい単独生活を保障しています。
動物たち本来の野生に配慮しつつの飼育。さらに好例を見ていきます。のんびりと過ごすレッサーパンダのチイタ(オス)とテル(メス)。
しかし、それぞれの食事管理で健康を守るため、チイタはバックヤードで食事と体重測定です。同じレッサーパンダとはいっても性格・嗜好も体質もまちまち、それらに配慮しながらかれらにとってベストな健康状態とそこからの活動を実現しようと試み続けるのが飼育の日常です。
リンゴの切り方ひとつでも、そんな飼育的配慮が込められています。若い個体には細かく切ることで実際量以上にボリューム感を与え、採食の手間をかける(=時間を延ばす)ことでダイエット効果を狙います。では、大切りの方は……?
こちらはキンタロウとチャ。どちらも当年18歳でレッサーパンダとしては「老夫婦」と言えます。御覧の通りの仲睦まじさですが……
やはり食事のプレートは分けられています(この写真はメスのチャ)。そして、リンゴの大きさに注目です。年輩のかれらには大きく切って、よく噛ませることが企図されています。
キンタロウはリンゴとバナナのほかにはペレット(固形飼料)くらいしか食べようとしないとのことで、バナナを加えたメニューとなります。
これは孟宗ヨーグルトです。孟宗竹の粉末を乳酸発酵させたもので元々は牛豚の肉質改良のために用いますが、レッサーパンダたちの夜の餌にまぶして与えています。上述のようにキンタロウはあまり竹笹を食べず、チャにもその傾向があります。それもあってかキンタロウは便の状態が悪かったりしますが、この孟宗ヨーグルトを与えることで、ある程度の改善が見られたとのことです。まだ若いテルやチイタはいまのところ竹笹をよく食べていますが、将来の食の変化の可能性も考え、時々、孟宗ヨーグルトを与えて馴らしています。他に竹の葉をジュースにしたものも活用されています。本来の食性は元より個体差や年齢による変化なども勘案しての飼育的配慮が動物たちの健やかさを支えているのです。
ここでこちらも少々、腹ごしらえ。園内の「るんるん動物レストラン」ではスパイシーなキーマカレーが味わえます。人参がゾウのかたちになっていますね。
そして、アジアゾウの浜子です。1972/4/7に来園しました。今年で推定45歳となります。
巧まざるおしゃれ?ゾウは砂などを浴びて皮膚のセルフ・メンテナンスをします。
昼下がり、浜子が部屋に戻ってきます(こちら側にも一般向けの観覧スペースがあります)。
足裏のケア。ゾウの足裏はとても敏感です。それだけにちょっとしたことで痛めてしまうこともあり、日々のケアが出来るようにトレーニングしています。ここにもゾウがゾウらしく生活するための配慮があります。手品なら種明かしは興醒めかもしれませんが、動物園では裏側まで知ることで、さらに深く興味深い見聞が出来るように思われます。
浜子の耳垢も展示され、においをかげるようになっています。あくまでも自己責任で……。
ちなみに現・浜子は三代目となります。1950年に浜松城公園内に静岡県内初の動物園として旧・浜松市動物園が開園しました。その開園当初から浜松にちなんで命名された「ゾウの浜子(初代)」がいました。現在の浜子も旧園で11年を過ごした後に現在の地に引っ越しています(※)。
※旧園を含む浜松市動物園の歴史については、こちらを御覧ください。
現在、旧園時代を中心とした貴重な写真展が行われています(※)。正面ゲートからすぐの動物愛護センター2Fにお越しください。
※なつかしの動物園展 9/19~11/29
再び、ゾウ舎の屋内展示場。昨春に保護されたアオバズク・アームストロング(メス?)が「散歩」に来ていました。ひな3羽のうち1羽だけが生き残りました。野生復帰は難しいかもしれませんが、こんな機会を通して、わたしたちの日本が実はかれらと縁を持っているのを知ることができます(※)。
※アオバズクは夏に東南アジアから北上し、日本にもやってきて繁殖します。
憩いのひとときを破る浜子の体当たり!
あぁ、びっくりした(?)……次回も、このアオバズクと同じフクロウの仲間を含め、浜松市動物園のそこここで積み重ねられる飼育展示の工夫と動物たちの日々の姿を御紹介してまいります。
浜松市動物園
国内で唯一ゴールデンライオンタマリンを飼育展示し、動物たちとのわくわくする出逢いに満ちた郊外型動物園。
公式サイト
〒431-1209 浜松市西区舘山寺町199番地
電話 053-487-1122
開園時間
9:00~16:30(入園は16:00まで)
※ 16:00より閉園準備のため、御覧になれない動物があります。
休園日
12/29~12/31
アクセス
新幹線・JR浜松駅北口・バスターミナル1番ポール「舘山寺温泉」行きで約40分。バス停「動物園」下車。
その他、こちらを御覧ください。