8月
25
2016
アフリカとマダガスカル、そして宇部。 ときわ動物園・その2
Author: 森由民※本稿は2016/7/10~11の取材を基にしています。
※※ときわ動物園での定期・不定期のイベントについては、こちらを御覧ください(有料のものもあります)。
宮下実園長による動物園ガイドや動物講座も行なわれています。
また、各種園内ガイドについては、こちらを御覧ください。
前回に引き続き、ときわ動物園の「生息環境展示」を歩いていきましょう。
木立ちと草原、そんな取り合わせの中で暮らすのは……
アフリカ原産のパタスモンキーです。アフリカ大陸の赤道より北、サハラ砂漠と熱帯雨林の間の乾燥地帯が生息地です。かれらは走ることを得意とし、最高時速50km程度を記録するとともに、アフリカの草原をどこまでも走り続ける持久力にも恵まれています。ときわ動物園の特色のひとつである展示動物の「近さ」を感じながら、軽やかな足並みを観察してみましょう。
パタスモンキーにも今年(2016年)6/24に赤ちゃんが生まれました。実際に訪れた際にはこの写真(2016/7/10撮影)からの成長を実感できることでしょう。
パタスモンキーの展示を回り込むと、かれらの存在を背景に一転、乾いた土地の眺めが広がります。その中で暮らすのはミーアキャットです。
ミーアキャットはパタスモンキーと分布の重なりを持ち、御覧の通り、せっせと巣穴を掘り、張りめぐらして暮らします。ひとつがいの両親、特に母親を中心とした群れをつくりますが、順番に見張りに立つのは、巣穴の外での活動中に外敵を警戒するためです(※)。最大の脅威は空からの猛禽類の来襲なので、しばしば空を見上げる姿に出逢えるでしょう。
かれらとわたしたちの間はガラスで仕切られています。ここでの写真はカメラをガラスに近づけて、照り返しなどが写り込むのを防いでいますが、実際の展示でもガラスは厚さ2mmのアルミの枠で留められており、ミーアキャットに見入るわたしたちは障壁の存在をほとんど意識することはないでしょう。これは世界各地のミーアキャット展示を参照しての、初の試みとのことです(※※)。
※この取材の後に、ミーアキャットは繁殖に成功したとのことです(2016/7/29)。赤ちゃんたちの展示場デビューが楽しみです。詳しくはこちらを御覧ください。
※※大阪芸術大学・若生謙二氏私信。若生さんは「動物園デザイナー」として当園のリニューアルの設計・設計指導を務めました。詳しくは前回の記事を御覧ください。
少し先には森の世界。ブラッザグエノンはアフリカ中部の湿潤な森の川辺で暮らしています。
木の間隠れに潜めば、見つけることすら難しい時もあります。
そんなかれらを間近に観察するのにも、前回御紹介した「緑餌(りょくじ)」のひとときは最適でしょう(※)。
※野草も含む新鮮な生草。当園では、牧草を栽培し、野草は周囲のときわ公園内から採集しています。
以上の「アフリカの丘陵」と呼ばれる一帯を過ぎれば、そこはマダガスカルです。飼育員の給餌を受け、いかにも一人前を気取って食事をしていますが、明らかに幼い一個体。2016/4/23生まれのワオキツネザル・ナツメ(オス)です。
この頃(2016/7/11撮影)はまだ母親のライチに背負われていることも多かったナツメですが、今頃はどのくらい育っているでしょうか。
ワオキツネザルの展示はマダガスカル島南東部のベレンティ自然保護区をモデルとしています。かれらは比較的乾いた土地に住み、地上での活動も盛んにおこなうことで知られています。
キツネザル類は童謡で有名なアイアイとともにマダガスカルだけに暮らす原猿類です(※)。マダガスカル島はアフリカ大陸の南東に浮かぶ世界第4位の大きな島ですが、約1億6000万年前には現在のインドなどとひとかたまりにアフリカ大陸と分離しました(※※)。その後にインドは現在の位置に移動し、アジア大陸との衝突でヒマラヤの造山運動を引き起こしますが、そんなわけでマダガスカルはアフリカとは独自の時間を過ごし、そこに暮らす原猿類も他の地域とはまったく異なるユニークな姿を見せています(※※※)。
ワオキツネザルについては、毎月第1・3・5日曜日に展示エリアにウォークインできるイベント「イントゥ・ザ・ワオ(into the Wao)」が行なわれています(※※※※)。スタッフのガイドを聴きながら、マダガスカルという「タイムカプセル」の魅力を堪能できることでしょう。
※原始的な特徴を遺す霊長類。マダガスカル産の霊長類のほか、アフリカ大陸のガラゴ類・アジアのロリス類を含みます。
※※地殻の活動により長い時間をかけて大陸が移動するというのはお聞きになったことがあるかと思います。マダガスカル島の歴史もその一部です。ここで挙げられている名は「アフリカ大陸」を含め、現在のそれで、語られている地質的時代には位置・かたちとも一致しません。
※※※マダガスカル島がインド等と分離したのは約8500万年前で、いまだ恐竜時代であり、キツネザル類を含むマダガスカルの哺乳類の祖先たちはその後に移入したと考えられます。漂流物等に乗ってアフリカ大陸からやってきたのではないかなどと考えられていますが、解明の途上です(小山直樹[2009]『マダガスカル島』東海大学出版会)。
※※※※詳しくは冒頭で御紹介したイベントのリンクを御覧ください。
ワオキツネザルと隣接する、もうひとつのマダガスカル展示はこちらです。ぐっと緑豊かなありさまは、マダガスカル島東部のアンダシベの国立公園をモデルにしています。
ここで出逢えるのは熱帯降雨林の住人であるエリマキキツネザルです。果実を好む大型のキツネザルです。同じキツネザル類でもワオキツネザルとは対照的なところも多く、当園の展示はこうしたニッチ(※)の対比も意識しています。
※ニッチとは、それぞれの動物種が占める生態的な場や役割を意味します。近縁種は互いに異なるニッチに適応することで別種として分化してきたと考えられます(固有のニッチを持つことこそが独立した種としての要件のひとつであるとも言えます)。エリマキキツネザルとワオキツネザル、ひいてはマダガスカル内外での原猿類の進化史のちがいといったものは、すべてニッチという視点から捉えていくことが出来ます。
ときわ動物園では現在、メス1頭・オス2頭のエリマキキツネザルが展示されています。リニューアル前はオス2頭だけでしたが、2015/12/19に新しくメスのアマント(2012/6/2生)がやってきました。エリマキキツネザルはメス優位の群れをつくりますが(※)、繁殖期にはペアが形成されます。そんなこともあってか、アマントとオスたちの関係にも個体差が見られます。アマントと関係良好なのはリッキー(2010/5/1生)、一方、もう一頭のオス・マッキー(2006/5/4)はかれらといささか距離を取る傾向でした。
※かれらは複数のオスとメスが寄り集まった群れで繁殖します。
雨宿りとなれば、みんな一緒になりもするのですが(※)。
※前出のミーアキャットの繁殖に関するリンク記事にも紹介されていたように、エリマキキツネザルも取材後の2016/7/18に待望の赤ちゃんが誕生しました。母親はアマント、父親はリッキーです。
そして、わたしたちは「山口宇部の自然ゾーン」に辿り着きます。まずはオシドリとクロヅルです。どちらも日本人にとっては古くから親しまれてきた鳥ですが、それだけに近代化の中でいつの間にか疎遠になってきたとも言えるでしょう。そんなかれらとあらためて間近で向かいあうことが出来るのが、この展示です。
クロヅルのくちばしに注目です。どうやらカブトムシを捕食したようです。野生動物としての「すごさ」が垣間見えた一瞬でした。
動物園のニホンザル展示といえば、岩山風のサル山が伝統的でした。その中でもさまざまな展開はなされてきましたが、野生のニホンザルによりふさわしい景観が森であるのは言うまでもありません。ときわ動物園のニホンザル展示では植栽の樹冠部分をネットの外に突き出させてサルたちによるダメージを防ぐなどの工夫を凝らし、木々の葉繁るニホンザルの森を再現しようと試みています。変化に乏しいコンクリートや擬岩の中での活動・「壺」の底にいるかれらを見下ろすような観覧のまなざしなどと比べて、より自然で魅力あるニホンザルの暮らしを感じ取らせてくれます。
※当園のニホンザル展示は、設計指導者である若生謙二さんが熊本市動植物園で手がけた展示の発展形としての性格も持っています。熊本市動植物園のニホンザル展示については、若生さん自身の報告を御覧ください(PDFファイルが開きます)。
なお、熊本市動植物園は2016/4/14以来の震災の影響で、現在長期休園中です。現地で日々苦心なさっている皆様に敬意を表し、復興の進展をお祈りいたします。
メスのアイに抱かれているのは2016/5/23生まれの赤ちゃんです。群れの仲間(オス)を傍らに、我が子をかばうようなアイのしぐさに注目してください。元々、アイはバックヤードの飼育スペースで出産しました。その時にはなかなかうまく赤ん坊が抱けず、このままでは飼育員が赤ん坊を取り上げる人工保育の道を選ぶ以外にないのかとも思われましたが、母子を群れの中に入れたところ、仲間たちが珍しがって赤ん坊をさわりに来るのに反応して、アイは大切に赤ちゃんを抱くようになりました。群れ生活のほどよい刺激が、アイに母ザル本来の感情や行動を呼び起こしたのでしょう。
そんなドラマを経ながらの日々を紡ぐニホンザルたち。その姿を「通景」とする一角、木のうろの中に何かがいます。
タヌキもまた、山口県宇部の地元産動物であり、日本人なら誰もが親しみを持つ動物でしょう。しかし、「タヌキを描いてください」と言われて、そらで顔がどんな模様だったか、尾はどんなだったかと思い描くのは難しいかもしれません。タヌキは東アジアを中心にロシアにかけてのごく限られた地域に固有の野生動物です。時にはそんなかれらをゆっくりと観察しながら、かれらとわたしたち日本人が同じ場で歴史を重ねてきたことを思い返してみてもよいのではないでしょうか。
フクロウについても、わたしたちは「よく知っている」と思い込みながら、実際に向かい合うことは少ないかもしれません。フクロウの足は指(趾)を二本ずつ向き合わせることが出来ます。枝にとまる時などはこうしてしっかりと掴めるようになっています。
二回に亘って歩いてきた、ときわ動物園も再び、前回にショートカットした「自然の遊び場」に辿り着きました。ここで飛んだり跳ねたり登ったり滑ったりする子どもたちは、他の動物たち同様、自分たちの身体能力や感覚を心のままに開放して楽しんでいるのでしょう。そうやって、人は動物と自分たちの共通性や動物たちの能力のすごさといったものを体感できるのではないかと思います。
前回に御紹介したアジアの森林ゾーンの最後には、こんな解説プレートが設けられています。霊長類それぞれの「群れ」のありようとわたしたちヒトの基本単位かと思われる「家族」を互いに照らし合わせることを促す内容は、「近くて遠いサル(霊長類)たち」への認識を深めつつ、わたしたち自身を振り返るきっかけを与えてくれるように思います。
再び、「山口宇部の自然ゾーン」です。展示の中で、わたしたちと変わらぬ母子の愛情深さを知らせてくれるニホンザルたちですが、人間社会の変化はかれらとの新たな軋轢を生み出しています。かれらの群れのありようにしても、実はわたしたちとは別の論理を持っています。
動物たち本来の生息地でのかれらとの一体感を伝えてくれる、ときわ動物園を歩くことで、わたしたちは、わたしたちとは異質で、なおかつ魅力に満ちたかれらの姿に目を開かれることでしょう。そのまなざしで、もう一度、人と動物の関係を吟味していけるなら、それこそが動物園ひいてはわたしたち人間の可能性と言えるのではないでしょうか。そんな想いを新たにするためにも、わたしはまた、ときわ動物園を訪れさせていただきたいと思います。
ときわ動物園
生きた動物を通して、楽しく学べる環境教育の拠点を目指す動物園。
〒755-0003 山口県宇部市則貞三丁目4-1
電話 0836(21)3541 (宇部市常盤動物園協会)
飼育動物 32種 約250点
開館時間 9:30~17:00 ※春休、夏休、冬休、ゴールデンウィーク期間中の土曜、日曜、祝日は 9:00~17:00
休園日 毎週火曜日(火曜日が休日または祝日のときはその翌日) ※イベント時変更あり
アクセス
JR新山口駅より路線バス特急便30分。
同駅よりJR宇部線35分のJR常盤駅下車・徒歩15分。
その他詳しくはこちらを御覧ください。